.2012年1月トクさんの男はつらいよ旅日記 index 目次  カレンダー12月 1月   p15

2012年1月1日水曜日 マラッカで正月を迎えた。
新年 明けましておめでとうございます。読者の皆さん今年もよろしくお願いします。

今朝は8時頃眼が覚め、トイレに行きベランダに出ると今日も天気がよさそうだ。しばらくベランダでぼんやりしていたが頭がハッキリしないので部屋に帰り横になると11時過ぎまで寝ていた。

パソコンを持ってフリースペースで開いたがネットに繋がらない。子連れスタッフに言うと自分のPCでやっていたが理由は解らないが宿の無線ランは駄目らしく、他所の無線ランには繋がっていた。

この前から私のPCでいくらやっても繋がらなかった所だ。子連れスタッフのPCの暗証番号を見て紙に書き、自分のPCの暗証番号をよく比べると最後の数字が違っている。

電波は弱いが何とかつながったので部屋でネット音楽を聴きながらウトウトしていたが、3時ころに腹がへったので昨日と同じ中華食堂でご飯を食べて、宿に帰るとカイさんのお父さんが退屈なのでやって来てフリースペーに転がって漫画の本の読んでいた。

新年の挨拶をして、私はネットを始めたが電波が弱いのかどうやってもインターネットに繋がらない。

昨日はおかずが多すぎたので、今日は少し控えたがそれでもまだ多かった。この店はおかずの種類が多くつい取り過ぎる。7.3リンギット(約200円) 今日も客が少ないので、のんびり正月飯を食べたが、ご飯にかけたチキンカレーが余分だった。

旅日記をやっていると、マラッカに住んでいるひろ子さんが、自分で作ったキツネ寿司を持って来てくれた。カイさんはジョハンさんと朝から体の良くない外人さんを空港まで車で送って行ったらしい。

新年早々ご苦労さんな事だ。

ひろ子さんは8時頃に引き上げ、私はシャワーを済ませビールを飲みながらPCをいじっていると何とかネットに繋がったので、とりあえずメイルを済ませ旅日記の更新を済ませると9時過ぎになっていた。

1月2日月曜日 マレーシア イスカンダル計画が熱い。
今年の正月は今までとは違って少し趣向を変えて、東南アジアの経済を考えて見ようと思う。

これまでの世界経済は先進国が牽引してきたが、日本のバブル経済がはじけ、同時多発テロからアメリカが暴走し中東をカタガタにして、期待していたユーロ経済も足並みが揃わない。

世界経済は冷え込んでいるが何とか中国経済の躍進で息が繋がっているのが現状だ。

昔から今までは欧米諸国に翻弄されてきたアジアだが、中国の文化大革命から低迷していた中国経済もケ小平の改革開放経済の切り替えがうまく行き今のアジアは潤っている。

日本経済はバブルがはじけ、資本主義経済が経験した事も無いデフレ経済を日本が始めて長年にわたり苦しんでいるさなか、東日本の大震災、原発事故で今は深刻だが、落ち着くと経済にはプラスになる。

この前のタイの大洪水で、多くの日本企業が被害を受けたニュースを見て、私が想像していたより遥かに多い日本企業が東南アジアのタイに進出しているのが解り驚いた。

東南アジアの経済の一番発展しているのはシンガポールだと言うことは周知の通りだが、国土が狭く国と言える様な面積ではない。

私見る東南アジアでシンガポールをのぞき、一番経済が発展しているのはマレーシアで、二番がタイ、3番インドネシア4番以降はドングリの背比べだが、私はベトナムに期待をしている。

今日ネットでマレーシアのニュースを見ていると、20カ年計画でイスカンダルプロジェクトと言う、漫画世界のような計画が進んでいる。、

イスカンダル計画とは、シンガポールの対岸にあるジョホールバルの総合開発計画、世界で一番可能性を秘めた都市一つのビジョンによって… イスカンダルプロジェクト。、これがうまく行けばマラッカのバブルもしばらくははじけないと思う。

1月3日火曜日 東南アジアの優等生マレーシアとシンガポール
ジョホールバル イスカンダルプロジェクト

・開発期間: 2006〜2026年
・対象地域:ジョホール州南部、 2,217ku (シンガポールの2.5〜3倍)
・投資規模:第 9 次マレーシア計画( 9MP、2006〜2010年)期間で596 億リンギ(約14900億円)

シンガポール 約430万の人口のうち4分の3以上が華人、マレー系やインド系も混じる複合多民族国家19世紀始めにイギリスが眼をつけ、港を開設。

シンガポールの歴史

シンガポールは、14世紀頃にはスマトラ島のシュリーヴィジャヤ王国の勢力下にあり、トゥマシクと言う名の港町でした。シュリヴィジャヤ王国が凋落した後には、ジャワのマジャパヒト王国の影響下に置かれ、15世紀にシンガプーラ(ライオンの村)という現在の名前の基となった町名に改められました。

16世紀には、マレー半島最南端のジョホールのスルタンが支配下に治めていましたが、交通の要衝としての港に目をつけたイギリスのトーマス・ラッフルズが、19世紀始めに本格的な港を建設しました。

そのすぐ後には周辺のマラッカやペナンと共に植民地としてイギリスの支配下になり、それ以後、東南アジアの貿易の要衝港として、またイギリスの東南アジアにおける植民地支配の拠点としても大発展してきたのです。

1941年、太平洋戦争が始まると、シンガポールの地理的要因から東南アジア侵攻拠点として位置づけた日本軍は、イギリス軍を破りシンガポールを軍政下におきます。そのときから戦争が終わるまでは、シンガポールは「昭南島」と名付けられ、「昭南特別市」という行政区域となって日本軍人が初代市長になったのです。

1945年に戦争が終わり、日本の敗戦でイギリスの支配下に戻りますが、マラヤ連邦が独立した後に、1963年にマレーシアの一地域として編入されました。

ところが、当時のマレーシアはマレー人優遇政策であったため、住民の大半が華人のシンガポールではその政策は受け入れがたく、1965年に連邦から追い出されるようにして分離、独立を果たしたのです。

初代首相に就任したリー・クアンユーは、独裁的な体制で通商都市国家の建設を目指し、国際的なハブ空港の建設、関税廃止、などで通商体制を飛躍的に発展させ、続いて教育レベルの向上や、マナーやモラルの強制的な政策を敷いて、国際的にも先端的なクリーン国家が誕生したのです。

ジョホール イスカンダル プロジェクトは進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ジョホールバル イスカンダル計画地 対岸に見えるのがシンガポール

1956年マレーシアから追い出されるように独立したシンガポールは、今度は逆にマレーシアの国土を買収しているように映る。

今のマレーシアの発展はシンガポール抜きでは語れない。

民族間格差が大きいマレーシアの一人当たりのGDP
中華系   4,437リンギ、(約110、000円)
インド系   3,456リンギ   (約 86、400円)
マレー系  2,711リンギ   (約 67、775円)

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