2005年4月1日、2日、マレーシアの船会社とインドネシア、イミグレとの攻防戦     INDEX カレンダー4月 旅日記

今回の旅の山場が来たが、どうにか峠は越した。  

予定時刻をかなり遅れてジョホールバルの港、Jeti JB(ジョホールバルインターナショナル フェリー ターミナルを6時頃ボートは出発した。夕方のボートは本当に気持ちが良くきれいな夕方の景色を眺めて、やっぱりこのルートにして良かったと思った。

1月20日、この旅に出てから1番の旅情を味わいながら夕日を背にボートは快調に飛ばして懐かしいタンジュンピナンに向かって行く。船内はエアコンで寒いので外に出てきれいな景色を撮影をしまくった。

感傷にひったっていると8時半頃インドネシア、ビンタン島タンジュンピナンに着岸した。入国はどうせ簡単には行かないはずだと思いゆっくり荷物の整理をしてボートを降りた。イミグレでは最後に並んだが、前の連中がポンポン気持ちのいい判子の音がしているので私もひょっとしたらと、あまい考えが浮かんだがやっぱり私の番が来てストップ。

少しは期待していたがやっぱりパスポートをにらんでいる。難しい顔をして駄目だと言う。英語は話せるか聞いてくるが、私は当然ノーと答える。インドネシア語はと聞くが当たり前のような顔をして駄目、係官はさっそくVIP室に案内してくれた。

英語が話せるかと聞くので当然ノー。インドネシア語もノー。オンリーシャパニーズ。別室に案内され簡単な英語の単語とインドネシア語でよく聞いていると、ビンタン島のもう1つのリゾートがある港と、となりのバタム島はビザの発給が出来るがここタンジュンピナンではビザ発行は出来ないと言う。

様子から見て真面目そうな男に見え意地悪ではなさそうなので、私はあっさり引き下がり今日は出国する船は無いのでどうすれば良いのか聞くと、乗ってきた船で泊まって明日の朝一番の船でマレーシア、ジョホールバルに帰れと言う。

晩飯とビールはどうなると聞くと何を食べるか聞くので、ナシチャンプルで良いがビールはどうなると聞くと私にティダアパアパとかノープロブレムというので、任せていると係官は近くにいた船のスタッフみたいな男に何か指図をしていた。

男が案内してくれて船着場へ行くと船は無い、男が携帯電話をかけてしばらく待っていると小さなボートが迎えに来た。暗闇をしばらく行くと乗ってきた船が港の中ほどに停泊していた。小さなボートから大きなボートに乗り移るが、バックを担いでは危ないのでバックを運んでもらい自力で何とかよじ登った。

この船はマレーシア船籍の船でインドネシア人のクルー達も上陸できないらしい。イミグレの男が飯とビールは買って来てくれると言ったので少し多いと思ったが、宿代も浮いたので10万ルピア出して缶ビール5本とナシチャンプル、アヤムと言い男に渡すと男は小さな船が来るのを待って買いに行った。

こうなったら開き直りカリマンタンのマハカム川の船旅を思い出し、紹興酒を出して飲みながら思いっきりリラックスしてビールと飯が来るまで待った。暑いので狭いトイレでマンディを済ませパンツ一枚になり待っていると買い物を済ませた男が帰ってきた。

男は沢山買い込んできて私の前に広げレシートとお釣りの1万ルピアを出した。見ると果物や天ぷらをスタッフの分まで買ってきた。スタッフの皆と豪華な宴会?が始まって私はパソコンでカオサンで買ったラテン音楽をかけた。

皆で楽しく騒いで腹いっぱいになるまで食べて遅くまで遊び夜中の2時過ぎになって、明日は早いので自家発電の電気を止めた。

横になったが暑くてどうしょうもなくなったので外に出て涼んでいると、外は警察が来るので駄目だと言う。私が中に入るとエアコンの為に船の大きなエンジンをかけた。さすが大きなエンジンで直ぐに寒くなりエンジンを止めた。私は狭い椅子で横になりパソコンの音楽を聞きながら寝た。

翌朝マレーシア、ジョホールバルに引き返しマレーシアに再入国、さっそくチケットを売った窓口に行き、受付の女に文句を言っても相手はピンと来ない振りをする。私はバタム島に行くのでチケットを無料で出せと言うと、女は当然のように駄目と言う。

口論となり、最後には無視しはじめたので受付からはなれずにいると、責任者みたいな横柄な態度の女が出てきて鼻であしらうようにするので、私は切れた。

カメラを出して女の顔写真を撮り少し大きな声を出すと慌てだしたので、追い討ちにボスを呼べと怒鳴った。しばらくするとイミグレの警官みたいな男を呼んできた。その男は穏やかな男だったので静かに事情を説明すると私にパスポートを出せと言う。

私がパスポートを出すと、ついて来いと言うので重いバックを持っていくとイミグレの入り口にバックを置かせた。私の胸にカードを付け、ついて来いというので黙ってついて行くと私の言う意味があまり理解出来ていないのか、入国イミグレの窓口まで行き私の理解できない事をしている。

なにやら解らない手続きが終わり引き返す途中、男は私に何を言い出すのかと思ったらシンガポールからバタムに行けと言うのでがっかりした。

それが嫌なのでわざわざここまでやって来たのに、それと男が言うようにシンガポールに行けば今まで私がやかましく言った事はまったくの無駄になる。

私は男を無視してもう一度チケット売り場に行き「ボスを呼べ」と言うと「今食事中」だと言う。私は解ったそしたらここで待つと言い次々に客が来るが私はわざと邪魔になるように誰が来てもよけずに。カウンター待っていると又イミグレ警察男が来た。

男はカウンターに置いていた私のガイドブックとパスポートを取ろうとするので「触るな」と言い私は取り上げ本でカウンターを叩きつけた。大きな音がして皆が見ていた。

男は「パスポートを出せ」と言うのでどうしてだと聞くと「バタム島行きのチケットをだ」と言う。私は「ノーマニーか」と聞くとうなずいた。やっと私の粘りがちだった。男は事務所の方を指差すので今度はいよいよボスのお出ましかと思い、胸を張って事務所のドアーまで行くと別の女が私を止めイミグレ警察男に何か言っていた。

イミグレ警察男が慌ててやって来てカウンターの前の待合所の椅子に案内した。少し待っているとカウンターの女が呼ぶので行くとチケットを出し11:50だと言うので私が「テリマカシー」と言うとホッとした顔をして苦笑いをしていた。

私の喧嘩のノウハウは自慢は出来ないが筋の通らない喧嘩はしない。特に今回は入国出来ないと解っていてパスポートを見ながらチケットを売り、関係ないと言うのは常識的にインターナショナルフェリー会社では通用しない。

マレーシアと言う国は東南アジアでトップクラスの経済発展している。そのマレーシアのインターナショナル船会社では特にそういう事は世界に通用しない。もしトップが出てきても私は絶対引き下がらないと思って、最後は国際問題にしても良いと思っていたがそうなると恥をかくのはマレーシアだ。

本当は事が大きくなりニュースに出ればフーテントクの名前が東南アジアで有名になる事をが頭の片隅にあった。その時のインタビューの言葉は当然、「フーテンのトクさんを舐めちゃいけないよ」だ。

インドネシア、バタム島行きのチケットを無料にさせて気分良くインドネシア、バタム島に行く事になった。バタム島は物価の高いシンガポールから近く物価も安いので大勢のミーちゃんハーちゃんが押し寄せ、荒らしまくっていると聞いているのでバタム島には行くつもりはさらさら無かった。

私のパソコンと頭の中にはバタム島の大した情報は無いが入国さえ出来ればどうにかなると思っていたが今度はバタム島のイミグレーションでイチャモンをつけられた。

ジョホールバルの港を11:50発の船でバタムセンターに到着してイミグレに行きカウンターに入国カードをもらいに行くと「そこで待て」と言う。

いくら待っていても中々来ないがインドネシアではイライラすると足元を見られるのでエアコンが効いて涼しいので、腹をくくって椅子に座って待っているとイミグレ警察みたいな男が私の横で新聞を読みながらタバコを吸っている。当然ノースモーキングのステッカーは貼っている。

その前では若い女の子がモップで床をふているがそんな事にはお構い無しで、灰も吸殻もきれいな床に捨てている。退屈をしてきたので私もタバコを吸ったがさすが女の子に気の毒で床には捨てられなかった。

退屈をしてきたのでカメラを出しぶらぶらしながら目立たないように撮影をしていると、その男が難しい顔をして呼ぶ。撮影を文句でも言うのかと思いながらそばに行くと単純な男で「俺を写せ」と言う。男にポーズをさせ写して見せると喜んでいた。

顔を見ると立派に見えるが話をすると面白い男は、昔船乗りで日本には何回も行った事があると言い紙に絵を書いて私に説明していた。しばらくするとイミグレ職員らしい男がやって来て私の横に座り暇そうに新聞を読んでいる。

自分は関係ないような顔をして私に「何を待ってい」ると聞くので説明すると世間話のように、どこに行くか、どれくらいの予定か、何をしに行くか、いろいろ私に聞くがこれが曲者だった。

所持金の話になり、見せろと言うので写真を写した男も横で見ているし仕方が無く約7000円分のルピアを出すと、「入国ビザ代25USドルはどうする」と言うので腹巻財布の中から約1万円分くらいのUSドルの小額紙幣を見せると、「これでは駄目だと言う」。仕方が無いので持ち金を全部(約3万円)椅子に並べた。

インドネシアの法律では入国の際1000USドル以上の所持金、もしくはインドネシア出国チケットがなければならない、と言うことは知っていたが無くてもどうにかなる事も知っている。

どうして一月生活するのかと聞くのでインドネシアの銀行(BCA)のキャッシュカードを出すと、「いくら入っている」と言うので「約5000万ルピア(約60万円)だ」と答えると「チェックをするから着いて来い」という。ついて行くとATMの所に行き「やれ」と言う。

ATMにカードを入れ暗証番号を打ち込むと金額の欄で1番多くの金が出てくるボタンを押せと言うので、私は直ぐにキャンセルしてカードをしまった。元の場所返に引き返し男はそれでは納得せずブズブズ言っているので仕方なくバックに入れている一年定期貯金証書を出して見せると期限切れだと何にでもイチャモンをつける。

私はそんな事は無いと言い最後の切り札でクレジットカードを出すといくら入っていると言うので日本円で「100万円だ」と言うと、ビックマネーがどうのこうのブツブツ行って今度はパスポートを細かチェックして、「タンジュンピナンで問題を起こしている」、と言い出した。

私は細かく説明するとチエックするからついて来いと言い、事務所に行き係官にPCでチェックをさせていた。私は朝か何も口にしていないのでかなり腹が減っていたが我慢をして水が見えたので私は飲んでも良いか聞いた。駄目だと言ったら喧嘩をまくってやるつもりでいたが「どうぞ」と言った。

大きなコップに満杯にして飲んでいると係官が来て問題ないと言ったらしく入国審査の所に帰り男が係官に何か言うと係官が入国カードを書いているのを見てほっとした。今度はビザ発給窓口へ案内して「25ドル出せ」と言うので丁度25ドル出すと窓の中の女に全部渡して、金儲けにはならないと思ったのかどこかに消えた。

今度は窓口の女までが入国カードの空欄になっている所を示し「書け」と言うが何を書いていいのか解らない。女はチケットを出せと言うがチケットはパスポートに挟んでいたが何時の間にか無くなっていた。

そんな物はどうでもいいので無視しょうかと思ったがバックからガイドブックを出し見ると入国便名を書く所だったので、私は大きな声で「アイドンノー」と言うと女はあっさり引き下がりPCをいじくってビザを作っていた。パスポートをよこして外を指差すので「OKか」と聞くとうなずいた。

バックを担いでイミグレの横を通り抜けると写真を写した面白いイミグレ警察がやって来て、「良くやった」と手を出したので握手をして外に出た。たらいまわしに遭ったが時間無制限の私には通用しなかった。私はさすがに朝から何も食べないで腹ペこになり、やっとの思いでバタムセンターフェリーターミナルを出たが西も東も解らない。

うるさい客引きを無視して歩いていると、ひつこい客引きがついて来るので周りにいる客引きにも聞こえるように大きな声で「マカン」(食べる)と、言うと食堂のある方を指差した。近くの食堂で飯を食べたが、言葉を忘れていて注文をするのに一苦労した。

腹が減っていたのでかじりついたが硬くて不味い。半分程食べたがさすがの私もギブアップ、鶏を持ってこさせ食べたが不味いがそれでも何と腹にかねじ込んだ。食べている間中飯屋のおばはんと兄弟だという男(タクシー)と2人が話し掛けてくる。

相手にしないでおこうかとも思ったが情報収集だと思い疲れてボーっとしている頭で聞くが頭に入らない。メモ帳を出し書かせながら不味い飯を済ませた。食べ終わったと言うと女は前にあったバナナをむきすすめるので食べて勘定をしてもらうと15000ルピア(約200円)だと言う。

私が10000ルピア位と思ってたので高いというと、あれこれ言ってバナナも食べたと言う。食べた後でとやかく言っても始まらないので金を払いバックの番をさせトイレに行き、帰って来て黙ってバックを担いで再びターミナルの中へ入った。

エスカレーターで二階に行き休憩所を探したがどこも団体客一杯で空いている椅子は見えない。うろうろしているとガラス越しに見覚えにあるイミグレ警察男が見えたのでガラスを叩くと私を見つけ外に出てきた。バタム島の国際船着場は2つあるのは知っていたが本当は3つだった。

私が着いたバタムセンターという船着場の名前はジョホールバルで何回も似ていたが何の事か解らなかった。イミグレ男にバタム島の中心の町(ナゴヤ)の行き方を聞いたがタクシーだけだと言う。料金を聞くと男はタクシー乗り場まで案内をしてくれ、私が先に聞いていた3万ルピアを出すとチケット売りばの連中に威張って何か言っていた。

チケットをもらいタクシーに乗り込んでドライバーに安い宿へ行けと言っても、私が言うような5万ルピア位の宿は無いと言う。途中の町でこのあたりは安宿があると言ったが、とりあえずナゴヤの中心まで行かせ安宿らしいホテルの前で止まったのでバックを持ってタクシーを降りた。

中に入り部屋はあるかと聞くとカウンターの上の料金表を示すので見ると安い部屋で9万ルピアと書いている全室テレビと書いているので、どうせ全室エアコン付きだと思い黙って外へ出た。

暑い中、重いバックを担ぎ睡眠不足のボーっとした頭で宿探しを始めたが、ホテルの中に入って聞く気力も無くなりぶらぶら歩いていると小さな雑貨屋の前で座っていた青年2人が声をかけてきたのでバックを降ろして店の前にある椅子に腰掛けた。

冷たいティーボトル(2000ルピア)で一息つき安宿を聞いていると、近くにいたオジェ(バイクタクシー)の男がやって来てナゴヤ市内には無いが少し離れた所にあるというのでオジェ代10000ルピアを5000ルピアに値切り案内させた。

 INDEX カレンダー 4月 続きは旅日記